
| 報告書番号 | MA2012-6 |
|---|---|
| 発生年月日 | 2011年11月20日 |
| 事故等種類 | 乗揚 |
| 事故等名 | 作業船第三十八明力丸乗揚 |
| 発生場所 | 大分県豊後高田市呉崎北岸 豊後高田市所在の豊後高田港導流堤灯台から真方位060°2,000m付近 |
| 管轄部署 | 門司事務所 |
| 人の死傷 | |
| 船舶種類 | 作業船:作業船 |
| 総トン数 | 5~20t未満:100~200t未満 |
| 報告書(PDF) | 公表 |
| 公表年月日 | 2012年06月29日 |
| 概要 | A船は、船長ほか2人が乗り組み、平成23年9月上旬からB船を使用して大分県中津市今津漁港内の水路の浚渫工事に従事していた。 A船及びB船は、11月18日に約2か月間にわたる浚渫工事を全て終え、次の工事が決まるまでの間、今津漁港で待機することになった。 A船は、19時00分ごろ、今津漁港北東方2,000m付近(豊前今津港防砂堤灯台から真方位041°2,600m付近)の水深約5~6mの所に重さ約1,000㎏のストックアンカー1個を船首から入れ、アンカーに取り付けたワイヤロープ1本(直径約18㎜、長さ約15m)と合成繊維製ロープ3本(直径約45㎜、長さ約3m)とをシャックルでつないだ錨索を使用し、ワイヤロープが全て海面下となった状態で錨泊した。 船長は、自動点灯式の赤色点滅灯をA船の船首部に1個と船尾部に2個取り付け、A船を無人として乗組員全員が交通船で今津漁港内に係留中のB船に移動した。 船長は、長期間の浚渫工事に従事する場合、夜間などの工事がないときには港内でA船とB船を接舷状態で係留又は錨泊させていたが、本事故当時は、今津漁港内の水深が2mよりも浅く、A船の船尾喫水が2mよりも深かったので、A船だけを同漁港の外に無人で錨泊させ、乗組員全員が、交通船で同漁港内に係留した居住設備があるB船に移動し、宿泊していた。 船長は、A社から11月21日まで待機するよう指示を受けていたので、錨泊中のA船を陸岸から目視により監視し、異常を認めたときは交通船で直ちにA船に向かうことにしていた。 船長は、19日20時00分ごろから風が強くなり、風速約8~10m/sの西~北西の風が吹き、波高が約1~2mとなったことを知っていたが、陸岸からの監視によるとA船の振れ回りが大きくなく、A船に異常を認めなかったので、引き続きA船を無人で錨泊させていた。 船長は、日頃からA社の運航管理者に最新の気象情報を入手するよう指示されていたので、テレビで気象情報を入手していたものの、風速は10m/sを超えないだろうと予測し、また、重さ約1,000㎏のストックアンカーを入れているので走錨することはないと思い、錨泊後はA船に赴いて錨泊状態などを確認せずに陸岸からA船の監視を続けた。 船長は、20日18時00分ごろ、A船が表示する赤色点滅灯を視認して錨泊場所に変化がないことを確認したが、風速は10m/sを超えることはないものと思っていたので、夜間におけるA船の監視を行わなかった。 船長は、21日08時00分ごろA船を確認したところ、A船が錨泊場所に見えないことに気付き、乗組員全員で捜索した結果、11時30分ごろ、豊後高田港導流堤灯台から真方位060°2,000m付近の呉崎北岸の消波ブロックに乗り揚げているA船を発見し、海上保安庁等に連絡した。 A船は、クレーンでつり上げられて台船に載せられ、タグボートにえい航されて福岡県苅田町苅田港に入港し、廃船処分とされた。 |
| 原因 | 本事故は、夜間、A船が、今津漁港北東方沖において、大分県北部に強風、波浪注意報が発表された状況下、無人で単錨泊中、風速が増した際、A船の錨索が切断したため、風浪により圧流され、呉崎北岸の消波ブロックに乗り揚げたことにより発生したものと考えられる。 |
| 死傷者数 | なし |
| 勧告・意見 | |
| 情報提供 | |
| 動画(MP4) | |
| 備考 |
本報告書の調査は、本件船舶事故に関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、事故の防止及び被害の軽減に寄与することを目的として行われたものであり、事故の責任を問うために行われたものではない。
本報告書の調査は、本件船舶インシデントに関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故等の防止に寄与することを目的として行われたものであり、本事案の責任を問うために行われたものではない。
報告書の本文中「3 分析」に用いる分析の結果を表す用語は、次のとおりとする。