運輸安全委員会が行う事故やインシデントの調査は、事実情報を積み上げ、それを分析することにより、事故等の原因を究明するとともに再発防止策を提言するために行うものです。また、複雑化する事故要因を特定し、事故時の被害軽減に寄与することも重要です。ただし、そのためには、今まで以上に運輸安全委員会の真の実力を高めていかねばなりません。すなわち、緻密な事実情報の収集能力、定量的な分析・解析能力、分かりやすく説明する発信力、さらには世界的に共通する事故の原因・要因に関する知見の収集・理解力などが求められています。
まず、事実情報の収集の第一は初動調査です。現場に残された事故原因につながると思われる情報をいち早く収集すること、及び記憶が新しい段階で事故等関係者から適切な口述聴取を行うことが重要であり、予断なく自らの目・耳で情報収集を行う必要があります。また、口述聴取に当たっては、可能な限り科学的、定量的なデータを生かしていきたいと考えています。
一方、積み重ねた事実情報を分析するに当たっては、経験のみに依存せず、より科学的、定量的な解析を行うことを進めています。航空機のFDR(フライトデータレコーダー)及び CVR(コックピットボイスレコーダー)、船舶のVDR(航海情報記録装置)及びAIS(船舶自動識別装置)の記録はもちろんですが、最近では動画記録が得られる場合も多く、分析には有用です。また、3Dレーザースキャナー(固定型+ハンディー型)を利用した寸法・形状測定、精密走査型電子顕微鏡による元素分析、X線CT画像撮影装置による画像診断などのデジタル技術を駆使するべく、航空、鉄道及び船舶の3モード横断的に活動する「事故調査解析室」を設置し、調査能力の向上を図っており、いくつかの有用な成果も得られました。
また、事故原因を究明し、再発防止策を提言する運輸安全委員会の成果は調査報告書の形で公表されます。内容は、一般の方々にも分かりやすく、事故による被害者やそのご家族にとっても十分に理解できるものであることが重要です。そのような意味も含め、委員長記者会見を毎月行い、社会的関心が高い事故・インシデントの調査状況などについてお答えし、報道機関を通じて広く知っていただくようにしています。さらに、当委員会がこれまで蓄積してきた個々の調査報告書の横断的な分析を通して、事故の再発防止とその啓発に役立てるべく「運輸安全委員会ダイジェスト」や「地方分析集」を逐次発行し、講習会やセミナーでの利用促進を図っています。
さらに、事故・インシデントの多くは国際的に共通の課題であり、他国の事故調査機関との情報共有・調査協力は不可欠です。その目的で、年1回、各国の運輸事故調査機関の委員長等が参加する国際運輸安全連合(ITSA)の会議が開催されますが、航空、鉄道及び船舶のモードごとにも事故調査官会議が開催され、調査官の技術向上や動機付けなどにおいても大変有意義な活動となっています。中でも、世界の鉄道事故調査官等が集う国際鉄道事故調査フォーラム(RAIIF)を日本が主導して新たに立ち上げ、その第1回を2024年秋に東京で開催し、鉄道分野での国際的な交流発展の第一歩を踏み出しました。すでにフォーラムの第2回は2025年に台湾で開催が予定されています。
運輸安全委員会の活動は、社会的にも日本における運輸安全を支える組織として少しずつ認知されてきたと考えますが、委員会の委員及び事務局職員は、その活動の大切な意義を確認しつつ、皆様のご期待に違わないよう、自覚と責任をもって更なる努力を重ねていきたいと考えます。
今後とも皆様のご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
令和7年1月
運輸安全委員会委員長 武 田 展 雄