
| 報告書番号 | MI2011-10 |
|---|---|
| 発生年月日 | 2011年05月21日 |
| 事故等種類 | 運航不能(燃料等不足) |
| 事故等名 | 漁船第一むつ丸運航不能(燃料不足) |
| 発生場所 | 不明(長崎県五島市葛島南方約50m~五島市姫島沖の間) |
| 管轄部署 | 長崎事務所 |
| 人の死傷 | |
| 船舶種類 | 漁船 |
| 総トン数 | 5t未満 |
| 報告書(PDF) | 公表 |
| 公表年月日 | 2011年11月25日 |
| 概要 | 本船は、平成23年5月21日06時00分ごろ長崎県新上五島町若松島月ノ浦の定係地を出航し、06時25分ごろ長崎県飯ノ瀬戸漁港に立ち寄って燃料約20ℓを補給したのち、新上五島町有福島北方2海里(M)付近の漁場で一本釣り漁を行い、たいを釣って10時00分ごろ定係地に帰り、船長は自宅で休息をとった。 船長は、15時00分ごろ、いつものように早朝に続いて2度目の漁に出掛けようとして空模様を見たとき、風や波はあまりなく、視界は良好で霧が出そうな天気ではなかったので、本船に1人で乗り組み、定係地を出航した。 本船は、15時30分ごろ、有福島北方2M付近の漁場に到着して船外機を停止し、シーアンカーを入れて漂泊して一本釣り漁を行い、大きなたいが釣れたので16時ごろ定係地に戻り、朝方釣ったたいを積んで五島市奈留島に向かい、同島で水揚げして16時45分ごろ出航し、17時00分ごろ、葛島南方約50mのところで船外機を停止してシーアンカーを入れずに船尾を葛島の方に向けて漂泊して釣りを始めた。 船長は、17時15分ごろ、急に霧がかかって視界が悪くなり、葛島をはじめ周辺の陸地が見えなくなったので釣りをやめて帰航することにし、船尾を葛島の方に向けて漂泊していたので、左横方向に向かって航行すれば、定係地へ帰る途中にある相ノ島や有福島を確認することができると思って左横方向に向けて発進した。 船長は、約10分間航行しても相ノ島などが見えてこなかったので、航行方向を間違えたことに気付き、何度か変針を繰り返しながら約10ノット(kn)の速力で航行を続けた。 船長は、霧中での航行を続けていたところ、容量23ℓの燃料タンクが空になったので、約4~5ℓの残量があった容量13ℓの燃料タンクに切り換えて約10knの速力で航行中、19時30分ごろ、同燃料タンクも空になって船外機が停止したが、無線機や携帯電話がなかったので救助を要請することができなかった。 船長は、シーアンカーを入れて漂泊し、暗くなっていたのでバッテリーにより両色灯を点灯した。 船長は、翌22日05時00分ごろ、霧が晴れて視界が回復し、明るくなったので周囲を見渡したところ、本船が葛島の西南西約13Mにある五島市姫島の西方500m付近にいることが分かり、海上が時化ていたのでシーアンカーを入れた状態で漂泊を続けた。 本船は、潮流により姫島付近を行き来しながら南方に流されて福江島に接近し、21時00分ごろ、シーアンカーのロープが福江島北西端にある柏埼沖の瀬に引っ掛かり、船長が、波があって本船が危険な状態となっていたので包丁でシーアンカーのロープを切ろうとしたが、疲労のために居眠りに陥ってしまった。 船長は、しばらくして船体の動揺で目が覚めたとき、ロープが切れて本船が五島柏埼灯台付近の海岸に漂着していた。 船長は、約20分間歩いて23時00分ごろ付近の民家にたどり着き、救急車によって病院に搬送され、2日間入院した。 |
| 原因 | 本インシデントは、日没直後、本船が、濃霧により視界不良となった状況下、葛島南方沖から定係地に向けて帰航中、船長が、船位及び航行方向が分からなくなった際、変針を繰り返しながら航行を続けたため、燃料切れになったことにより発生したものと考えられる。 |
| 死傷者数 | なし |
| 勧告・意見 | |
| 情報提供 | |
| 動画(MP4) | |
| 備考 |
本報告書の調査は、本件船舶事故に関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、事故の防止及び被害の軽減に寄与することを目的として行われたものであり、事故の責任を問うために行われたものではない。
本報告書の調査は、本件船舶インシデントに関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故等の防止に寄与することを目的として行われたものであり、本事案の責任を問うために行われたものではない。
報告書の本文中「3 分析」に用いる分析の結果を表す用語は、次のとおりとする。