
| 報告書番号 | MA2011-10 |
|---|---|
| 発生年月日 | 2011年04月25日 |
| 事故等種類 | 衝突 |
| 事故等名 | 漁船第二十七豊徳丸漁船一丸衝突 |
| 発生場所 | 鹿児島県南大隅(おおすみ)町佐多岬南西方沖 佐多岬灯台から真方位209°18.6海里(M)付近 |
| 管轄部署 | 門司事務所 |
| 人の死傷 | |
| 船舶種類 | 漁船:漁船 |
| 総トン数 | 5~20t未満:5~20t未満 |
| 報告書(PDF) | 公表 |
| 公表年月日 | 2011年10月28日 |
| 概要 | A船は、船長Aほか10人が乗り組み、網船であるA船のほか灯船2隻、探索船1隻及び運搬船2隻の計6隻で中型まき網船団(以下「A船団」という。)を構成し、佐多岬北東方の大泊港沖を抜錨して鹿児島県西之表市馬毛島沖の漁場に向けて南進した。 A船団は、佐多岬沖から馬毛島沖へ、さらに、馬毛島沖から鹿児島県三島村竹島沖に至る漁場において各船が魚群探索を行いながら航行し、A船団と共に大泊港沖を抜錨した別のまき網船団(以下「別の船団」という。)の5隻も魚群探索を行っていた。 船長Aは、平成23年4月25日22時00分ごろ、竹島東方2~3M付近で単独の船橋当直に就いて舵輪後方で椅子に腰を掛け、レーダーを作動させ、魚群探知機やソナーで魚群を探索しながら約7~8ノット(kn)の速力で航行中、前方6M付近にいた僚船から無線で魚群を探知したとの報告を受けたので、僚船の所に向かうために南進した。 船長Aは、A船の周辺ではA船団と別の船団の合計10隻が操業していたので、これらの漁船の航海灯などを目視により確認しながら約7~8knの速力で南進中、別の船団の運搬船がA船の前路を右方に通過する態勢になったので、同運搬船の船尾方を通過することとして左転した。 船長Aは、針路を南東ないし南南東に向けて運搬船の船尾方を通過したとき、灯火は見えなかったものの、前方至近にA船のマスト灯の明かりが反射して白い船影が見えたので、急いで機関を後進としたが、23時00分ごろ、A船の船首部とB船の右舷中央部とが衝突した。 B船は、船長Bほか2人が乗り組み、建網漁を行うため、鹿児島県枕崎市枕崎漁港を出港して鹿児島県屋久島町屋久島東方の漁場に到着し、長さ約1,200mの底建網を投入したのち、17時10分ごろ、佐多岬灯台から真方位209°18.6M付近の水深約130mのところに重さ約100kgの錨を入れ、錨索を約400m出して錨泊し、23時00分ごろから揚網を開始する予定として船長Bが操舵室、他の乗組員が船室でそれぞれ就寝した。 船長Bは、錨泊した際に錨泊灯のスイッチを入れたものの、発電機を停止した際にバッテリーの消耗を防ぐために航海計器などの主電源スイッチを切ったことから、B船は錨泊灯が表示されていなかった。 船長Bは、ふだん錨泊中には1時間おきに目を覚まして周囲の見張りを行っていたが、本事故当時は、揚網開始予定時刻が迫っても目が覚めずにいたところ、23時00分ごろ衝突の衝撃で目が覚めた。 A船は、衝突後、B船の乗組員の負傷の有無や損傷状況などを確認した上で操業を続け、B船は、自力で帰航した。 |
| 原因 | 本事故は、夜間、佐多岬南西方沖において、A船が南進中、B船が錨泊中、船長Aが、適切な見張りを行わず、また、船長Bが、錨泊灯を表示していなかったため、両船が衝突したことにより発生したものと考えられる。 |
| 死傷者数 | なし |
| 勧告・意見 | |
| 情報提供 | |
| 動画(MP4) | |
| 備考 |
本報告書の調査は、本件船舶事故に関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、事故の防止及び被害の軽減に寄与することを目的として行われたものであり、事故の責任を問うために行われたものではない。
本報告書の調査は、本件船舶インシデントに関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故等の防止に寄与することを目的として行われたものであり、本事案の責任を問うために行われたものではない。
報告書の本文中「3 分析」に用いる分析の結果を表す用語は、次のとおりとする。