
| 報告書番号 | MA2011-2 |
|---|---|
| 発生年月日 | 2010年05月21日 |
| 事故等種類 | 衝突 |
| 事故等名 | ケミカルタンカー第二十五伸興丸貨物船あさひふじ衝突 |
| 発生場所 | 兵庫県家島諸島南方沖 姫路市男鹿島灯台から真方位160°8.9海里(M)付近 |
| 管轄部署 | 神戸事務所 |
| 人の死傷 | |
| 船舶種類 | タンカー:貨物船 |
| 総トン数 | 200~500t未満:100~200t未満 |
| 報告書(PDF) | 公表 |
| 公表年月日 | 2011年02月25日 |
| 概要 | A船は、船長ほか5人が乗り組み、家島諸島南方沖において、針路約180°(真方位、以下同じ。)とし、鳴門海峡の通過時刻を調整するため、機関を半速力前進として速力約10.0~10.5ノット(kn)(対地速力、以下同じ。)で航行した。 船長Aは、平成22年5月21日11時50分ごろ~55分ごろ、二等航海士Aに対し、左舷前方4.5M付近にB船を含む2隻が播磨灘の推薦航路に沿って西進している旨を引き継ぎ、船橋当直を交代して降橋した。この頃、視程は、約1.5Mであった。 二等航海士Aは、単独で船橋当直中、霧により視界制限状態となったが、そのことを船長に報告せず、減速、航海灯の表示及び霧中信号を行わないで、西進するB船をレーダーで監視しながら、速力約10.7knで自動操舵により南進した。 二等航海士Aは、B船が左舷前方1.2M付近となった頃、B船の船尾方を通過しようとして、手動操舵に切り替え、約60°左転して針路を約120°に転じたところ、B船を右舷船首約15°付近に見るようになり、その後、B船と著しく接近する状態となったことに気付き、さらに、左舵10°をとって左転を開始したが、12時13分ごろ、A船の右舷船首とB船の左舷船首とが衝突した。 B船は、船長ほか2人が乗り組み、明石海峡航路が霧により視界制限状態となっていたので、船長Bが、操船を指揮し、機関長ほか乗組員1人を昇橋させて見張りなどにつけ、霧中信号を行いながら通航した。 船長Bは、明石海峡航路を通航後、視界が少し回復したので、乗組員1人を降橋させ、機関長を見張りにつけたまま、自らが手動操舵について西南西進を続けていたところ、12時ごろ、再び視界制限状態となったが、航海灯を表示せず、霧中信号を行わずに航行した。 船長Bは、家島諸島南方沖に達した頃、霧に濃淡があったので、機関を全速力前進又は半速力前進としながら、速力約8~9knで播磨灘の推薦航路に沿って針路約248°で航行した。 船長Bは、3Mレンジとしたレーダーで右舷船首45°2.5M付近にA船の映像を探知し、A船が南進していることを知り、A船が1.0~1.2M付近に接近したとき、A船の船尾方を通過しようとし、減速して右舵約7~8°をとって右転を開始した。 船長Bは、A船と著しく接近していることに気付いて、右舵一杯及び機関を中立としたが、A船と衝突した。 |
| 原因 | 本事故は、霧により視界制限状態となった家島諸島南方沖において、A船が南進中、B船が西南西進中、両船がレーダーのみにより相手船を探知していたものの、二等航海士A及び船長Bが、視界制限状態においても両船に横切り船の航法が適用されるものと思い込んでいたため、両船が十分に余裕のある時期に衝突を避けるための動作をとらず、A船が、B船と約1.2Mに接近するまで、針路及び速力を保持して航行したのち左転を始め、また、B船が、A船と1.0~1.2M付近に接近したとき、A船を避航しようとして減速するとともに右転し、両船が衝突したことにより発生したものと考えられる。 |
| 死傷者数 | なし |
| 勧告・意見 | |
| 情報提供 | |
| 動画(MP4) | |
| 備考 |
本報告書の調査は、本件船舶事故に関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、事故の防止及び被害の軽減に寄与することを目的として行われたものであり、事故の責任を問うために行われたものではない。
本報告書の調査は、本件船舶インシデントに関し、運輸安全委員会設置法に基づき、運輸安全委員会により、船舶事故等の防止に寄与することを目的として行われたものであり、本事案の責任を問うために行われたものではない。
報告書の本文中「3 分析」に用いる分析の結果を表す用語は、次のとおりとする。