「内航貨物船海難の分析 〜vol.1 衝突編〜」の概要
はじめに   全文を見る(pdf)
 内航海運は,我が国の経済活動の基盤を担い,国民生活に大きな役割を果たしていることから,海上輸送の安全確保が重要な課題の一つとなっています。
 一方で,近年,船腹数,船員数は減少傾向にあり,船員の高齢化と若年船員の不足という問題を抱えるなど,内航貨物船を取り巻く情勢も一段と厳しさが増しています。
 この度,海難審判庁は,このような内航海運を取り巻く諸問題を考慮し,内航貨物船海難の特徴や問題点を抽出するための分析を行いました。



第1編 内航貨物船海難の実態
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第1 内航海運を取り巻く環境
 内航貨物船の隻数は,平成14年3月31日現在で7,018隻と前年比67隻(0.9%)減で,平成10年に比べ1,198隻(14.6%)の減少となっている。内航貨物船の用途別では,下図のとおり,貨物船が全体の58.5%を占めており,次いで油送船の17.8%となっている。


隻数の推移


用途別隻数

第2 理事官が認知した内航貨物船海難の発生状況
 平成12年〜14年の間に,理事官が認知した全海難件数は18,904件で,そのうち内航貨物船が関連した海難は9,096件でほぼ半数を占めています。

内航貨物船関連海難の発生件数の推移

第3 裁決からみた内航貨物船海難の実態
 平成12年〜14年の間に地方海難審判庁平成12年から14年の間に地方海難審判庁で行われた裁決は2,477件(3,747隻)で,そのうち,内航貨物船が関連した裁決は638件,内航貨物船隻数は707隻であった。
 内航貨物船関連裁決を事件種類別にみると,衝突が53%にのぼり,次いで乗揚24%,衝突(単)8%となっている。


事件種類別裁決の割合(全裁決及び内航貨物船関連裁決)



第2編 内航貨物船の衝突海難の分析   
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第1 裁決による衝突海難の分析
分析対象事件
 内航貨物船の衝突海難 335件 404隻  

 平成12年から同14年に裁決された全衝突事件(1,059件)のうち,内航貨物船が関連した衝突事件(335件 ,404隻)を対象に,適用された各種航法別に分類して分析しました。

 衝突の相手船の船種は下図のとおりで,漁船がほぼ半数を占めています。
 
内航貨物船以外の相手船の船種状況
 
 濃霧の時期6月の発生が目立つ
 発生時刻は深夜から早朝にかけて最も多く,人間の生態リズムと類似  

 発生状況をみると,月別では,濃霧の発生しやすい5〜7月が多く,時刻別では2〜6時台と11〜14時台の発生が多くなっています。

月別発生状況                                    時刻別発生状況
 漁船などの小型船に死傷者の発生が集中
 内航貨物船との発生率の差は7倍

 死傷者の状況をみると,内航貨物船側では,404隻中15隻で25人の死傷者が発生しており,相手船側では,276隻中77隻で134人の死傷者が発生しています。
 相手船側の死傷者134人の船種別では,漁船が67人と半数を占め,次いで遊漁船が20人となっています。


内航貨物船以外の船種別死傷者

第2 適用航法別の分析
 裁決では,適用される航法を示しており,衝突事件335件(404隻)のうち,海上衝突予防法が適用されたものは313件(378隻),海上交通安全法が8件(8隻),港則法が6件(8隻)となっています。
海上衝突予防法が適用された313件を航法別に分類すると,横切り船の航法97件(31%),船員の常務86件(28%),視界制限状態における船舶の航法61件(20%)が上位を占めています。

適用された航法

1 横切り船の航法が適用された事件
 衝突事件の3割は横切りの態勢で衝突  

 横切り船の航法が適用された衝突海難は97件(107隻)で,対象海難335件の約3割を占めています。

 見張りの重要性を再認識!  
 見張り不十分が5割
 衝突まで相手船に気付いていないもの及び相手船を認めたもののその後動静監視が不十分であったものが5割強もあり,見張りの重要性を再認識する必要があります。

 船橋当直交替後の30分以内に4割が発生  
 入直準備や引継ぎは十分に!
 入直準備や引継ぎが不十分なまま船橋当直を交替し,船位を確認したり,コーヒーを飲んだりしていて,他船の接近に気付かず,交替後の30分以内に衝突したものが4割にも達しています。当直交替直後に見張りの空白時間を生じさせないようにする必要があります。


2 視界制限状態における船舶の航法が適用された事件
 視界制限状態における衝突事件は2割  

 視界制限状態における船舶の航法が適用された衝突海難は61件(89隻)で,対象海難の約2割となっています。

 視程500mが危険ライン!  
 視程200m未満で6割,500m未満で9割が発生  
 視程200m未満で6割,500m未満で9割が発生しており,視程と内航貨物船の運動性能との関係から,視程が500m未満では,衝突回避が容易でないことを物語っています。
 
 霧中航法の基本を遵守!   
 霧中で船長が操船していなかったものが4割  
 船長が操船していなかったものが4割を占めています。また,安全な速力に減じることなく,かつ,霧中信号を行っていなかったものが3割にも達しています。これらの基本事項を遵守することが,霧中における衝突防止の第一歩と言えます。 

 安全な速力に減じてなかったものが6割  
 霧中信号を行っていなかったものが5割
 視界制限状態における運航の危険性に対する認識が低く,「そのうち視界が回復するだろう。」,「他船がいないので大丈夫だろう。」という判断から,安全な速力に減じることなく,また,「汽笛の音で乗組員が目を覚ます。」という遠慮から霧中信号を行っていない例が多くなっています。
  
 レーダー映像の監視を十分に! 
 2割がレーダーで相手船の映像を探知できず
 レーダーを頼りに霧中航行しているのにかかわらず,2割が相手船を探知できていません。また,一度は相手船のレーダー映像を探知していた8割も,その後の相手船の動向が十分に把握できずに衝突に至っています。日ごろからレーダープロッティングなどに慣れておく必要があります。

 著しく接近してからの左転は危険!  
 著しく接近することを避けることができなくなった場合,転舵だけによる避航動作をとるケースが多く,「相手船の映像が右舷前方にあったので左転した。」という安易な判断で衝突に至るケースもみられます。
 このような状況下では,ためらわずに行きあしを止めることが大切で,左転は衝突の危険性を増大させる可能性があります。


3 船員の常務が適用された事件(錨泊・漂泊船との衝突)
 船員の常務が適用された事件の半数は,錨泊・漂泊船との衝突  

 船員の常務が適用された衝突海難は86件(98隻)で,衝突形態では「錨泊・漂泊船と衝突したもの」が44件(50隻)と最も多くなっています。

 航走波のない錨泊・漂泊中の小型船を見落とす  
 船首方向の死角を補う見張りの励行!
 錨泊・漂泊中の小型船は,航走波がなく目標も小さいことから,見落とす可能性が高くなっています。
 また,ジブクレーンなどにより,船首方向に死角が生じて,この死角に入った小型船を見落とした事例が多くなっています。
 時々,操舵室内を左右に移動するなどして死角を補う見張りを十分に行うことが大切です。


4 その他の航法
(1)追越し船の航法
 追越し船の航法が適用された衝突海難は25件(33隻)で,「追越し船」は33隻,「追い越される船舶」は17隻となっており,3割が内航貨物船同士の衝突です。

(2)各種船舶間の航法
 各種船舶間の航法が適用された衝突海難は28件(28隻)で,「漁ろうに従事している船舶」の進路を避けなかったものが27隻,「操縦性能制限船」の進路を避けなかったものが1隻となっています。

(3)狭い水道等の航法
 狭い水道等の航法が適用された衝突海難は10件(15隻)で,8隻が狭い水道等の右側端航行を遵守しなかったものです。

(4)船員の常務(新たな衝突のおそれ)
 船員の常務(新たな衝突のおそれ)が適用された衝突海難は13件(14隻)で,新たな衝突のおそれを生じさせたものは5隻であり,見張り不十分,動静監視不十分であったとされています。

(5)船員の常務(前路進出)
 船員の常務(前路進出)が適用された衝突海難は7件(7隻)で,相手船の前路に向けて転針したものは2隻となっています。

(6)海上交通安全法の航法
 海上交通安全法が適用された衝突海難は6件(8隻)で,5隻が「航路をこれに沿って航行している船舶」となっていますが,「警告信号」,「衝突を避けるための協力動作」が行われていません。

(7)港則法の航法
 港則法の航法が適用された衝突海難は8件(8隻)で,港則法の航法は守られているものの,「警告信号」,「衝突を避けるための協力動作」が行われていません。


第3 海難原因別のまとめ
 内航貨物船404隻中,原因ありとされた378隻に対して637原因が摘示され,内訳は,「見張り不十分」236原因,「航法不遵守」142原因,「信号不履行」86原因,「服務に関する指揮・監督の不適切」67原因,「報告・引継ぎの不適切」41原因などとなっています。



第3編 衝突海難の再発防止に向けて
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 海上衝突予防法とグッドシーマンシップ  

 海上衝突予防法は,海上交通の基本法であり,衝突を防止するための二船間の定型的な航法のほか,見張りの方法など基本的な事項も定めており,すべての操船者がこの交通ルールや基本的な事項を守ってこそ,はじめて海上交通の安全が確保されるものである。
 一方で,海上においては,陸上交通と異なり,自然環境,船舶の多様な運航形態などのさまざまな条件下で,具体的にルール化することが困難な点も多々あり,海上衝突予防法は,こうしたルール化が困難な点について,船舶の運航に当たって長い間に培われてきた,良き慣行である「グッドシーマンシップ」に基づいた判断(船員の常務)に委ねている。
 したがって,定型的なルールを守ることはもとより,このようなルール化されていない不測の事態に対し,適時適切に対処できるよう,日ごろから判断力を養成しておく必要がある。



”絵で見る裁決”18件   
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(例)
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