〜 船橋内の『チーム』が十分に機能せず海難に至った事例 〜

(フェリーG丸乗揚事件から)
発生日時、場所 : 12年6月24日20時40分頃 長崎県五島列島前小島南東岸
気象、潮汐    : 霧、風ほとんどなし、視程200メートル
海難の概要
 G丸(総トン数1,262トン)は、定期航路に就航するカーフェリーで船長、一等航海士、二等航海士ほか14人が乗り組み、旅客63人、車両2台を乗せ、24日20時08分小値賀島の小値賀港を発し宇久島の平漁港に向かった。
 船長は、発航時から霧のため視程が1海里程度であったため港外に出てからも操船の指揮を執り、通常の甲板員、機関員の当直者のほか一等航海士及び二等航海士を2台のレーダーにそれぞれつけて見張りに当たらせた。
 船長は、20時27分半針路を予定どおり前小島に向首する033度に転じたが、まもなく、レーダーで正船首方向1.5海里に5隻ほどの漁船集団の映像を認め、同時31分半避航のため036度に転じた。その後、一等航海士及び二等航海士に対し、転針のため前小島の手前0.4海里になったら知らせるよう命じ、自らは前方を注視しながら進行した。
 船長は、20時37分半一等航海士から指示した0.4海里の報告を受け、直ちに左舵5度と半速力前進を令して左転を始めたが、漁船集団を避航したことにより船位が右偏していることは知っていたものの、偏位はわずかで通常どおりの針路で十分と思い、レーダーにより船位を確認することなく、港口に向かう際のいつもの針路である013度に定針した。
 船長は、20時38分半微速力前進を令して進行中、同時40分少し前前小島に著しく接近し、正面100メートルほどに島影を認め、機関停止、右舵一杯としたが、20時40分速力が8ノットに低下したとき、原針路のまま前小島南東岸の岩場に乗り揚げた。
 乗揚の結果、船首部が破損したが自力で離礁し、乗組員1人、乗客13人が負傷した。
海難原因
 本件乗揚は、夜間、霧で視界が制限された海域において、宇久島平漁港に向かって航行中、船位の確認が不十分で、前小島に向首進行したことによって発生したものである。
BRMの重要性
 海難の大半がヒューマンエラーに起因しており、船内組織が要因となった海難も多く、BRM(BridgeResource Management)の必要性が重要となっています。
 BRMの概念は、安全運航を達成するため船橋(ブリッジ)において、利用可能なもの(リソース)「人間、航海計器、情報等」を有効、かつ効果的に活用(マネージメント)することです。
 この中で特に、「人間」のリソースを活用することが重要であり、そのためにコミュニケーションを密にし、当直者の連携作業、適切な状況認識、指揮者の適切な判断とその維持を図ることがチームとしての業務遂行能力を向上させ、ヒューマンエラーを早い段階で発見し、海難を未然に防ぐことができるものとされています。

 本件における直接の海難原因は、「船位不確認」ですが、今回は、BRMの観点からこのような不安全な行動に何故陥ったかを分析してみます。

船内組織(詳細)

適切な責任分担と連携作業
・発航に当たり霧の影響で、視程の測定、運航基準との照合、目的地の状況把握など、通常業務外の作業が加わった。

船長の適切な判断及びリーダーシップの発揮
・運航基準で定められた視程400メートル以上であったため船長は、出航を決断した。

タイムプレッシャーの発生
・船長は、当便が目的地までの当日の最終便であったので、何とか乗客を届けることを考え、定刻から28分遅れの発航となった。

船長の適切な安全管理及びリーダーシップの発揮
・船長は、発航時から霧のため視程が1海里程度であったため港外に出てからも操船の指揮を執り、通常の甲板員、機関員の当直者のほか一等航海士及び二等航海士を2台のレーダーにそれぞれつけて見張りに当たらせた。

タイムプレッシャーによる判断力の低下
・フェリーが港外へ出た際、視界が悪化してきて運航基準で定められた視程400メートル以下となったが、船長は霧中信号を行うことなくまた、安全な速力に減速せず原速力のまま進行した。

航海士から船長への報告・進言の不全
・一等航海士及び二等航海士は、視界が悪化したことを知っていたが、船長に視界悪化を報告し、運航管理規程に基づき、霧が晴れるまで錨泊する旨の進言をしなかった。

船橋内の適切な責任分担と連携作業、船長の適切な判断
・航行中、レーダーにより進行方向に漁船集団を認め、右に3度転針して避航することとなった。

継続的な船位の監視指示の欠如
・船長は、右転して漁船集団を交わし、船位の右偏はわずかであると思い、船位の変化を継続的に把握するための指示をしなかった。













三者相互の思い込みによる情報の共有化の失敗
・船長は、一等航海士及び二等航海士に対し、転針地点である前小島0.4海里に達したならば知らせるように指示した。これは、「通常のコースライン上における転針地点」での意味であり、予定のコースラインから外れていれば、当然その偏位なども併せて報告されるものと思っていた。
・一等航海士は、レーダーで通常より右偏していることを知っていたが、船長もそのことを十分に承知しているものと思っており、指示された前小島までの距離のみを報告したので、船長がコースラインからのずれを考慮して適宜入航針路にのせていくものと思い込み、その後レーダーを切り替えて目的地付近の出港船の有無など、他の業務を行ってしまった。
・二等航海士は、船長が左舵5度を命令していたのを聞いたとき、当然コースラインからのずれを考慮して適宜入航針路にのせていくものと思い込み、その後の操船補助に関与せず、レーダー監視から離れ入航準備に取りかかった。
すなわち、三者の間の「信頼感?」が以心伝心的な相互間の期待となって組織上の命令・報告が励行されなくなっていた。








船長の状況把握に不可欠なコミュニケーションの不全
・船長は、一等航海士から前小島0.4海里の報告を受け、左舵5度及び通常の減速パターンどおり半速力前進を令し、いつもより船位が右偏していることは知っていたが、レーダー監視の一等航海士及び二等航海士からも特段の報告がなく、偏位はわずかで通常のコースライン付近を航行していると思い込み、自らレーダーにより船位を確認することなく、港口に向かういつもの針路013度に定針した。
・一等航海士及び二等航海士は、船長が当然すべてを認識しているものと思い込み、操船上の疑問などの進言を行わなかった。(なお、チーム内では、日頃より良好なコミュニケーションを確保するための話し合いはもたれていなかった。)

@ 自船の船位を確認しなかったことが直接原因です。正確な状況を把握するために船長は、各当直者間がそれぞれ観察認識した結果をお互いに持ちよることにより先入観を取り除き、状況に対する客観的な評価を行う必要があり、そのためには、次のようなことを普段から行うなど、良好なコミュニケーションを確保することが重要です。
・日頃からチームメンバー同士でものの言いやすい雰囲気を作ること。
・チームメンバーに対し、自分の考えていることや行動しようとすることを伝える習慣を作り、常に情報・認識の共有化を図ること。
・チームメンバーに対し、適切な職務の遂行環境作りと責任の明確化に努めること。

A 一等航海士及び二等航海士は、船長を補佐する立場であるので、単に船長から指示された内容の報告だけではなく、レーダー監視の見張り員としてレーダー映像から得られるあらゆる情報、具体的には、漁船や前小島等の物標の方位、距離、その変化に加え、船位に関する情報、前小島との予想航過距離、目的の港口の方位などを躊躇することなく適宜報告する必要があります。

B 船舶運航会社は、船舶職員の安全意識の啓蒙とチームマネージメント技術の向上のため、積極的なBRM訓練・研修などの実施が望まれます。


戻る 次へ